ブログカテゴリ:マタイによる福音書



礼拝説教 · 2019/07/14
 生活習慣を変える、ということは 難しい事です。 日本の家庭では、味噌汁のみそが赤いか白いか黒いか。どんな味付けので育ったかの違いが、ケンカのもとになることもあります。 きょうの聖書箇所では、ユダヤ人と異邦人という生活習慣も言葉も違う人が、 神への信仰によって、お互いを認め合う時におこったことが書かれています。...
礼拝説教 · 2019/07/13
 フィリポは主の天使の指示によって「寂しい場所」に立ちました。 同じフィリポと言う名前の人は12使徒の中にもいますが、 今日の箇所で出てくるフィリポは使徒言行録6章に出てくる人で、 エルサレム教会の信徒たちの世話係として、ステファノと共に選ばれた、 霊と知恵に満ちた評判の良い人7人のうちの一人です。 彼らの働きは、のちに執事と呼ばれました。...
礼拝説教 · 2019/07/06
名前を呼ぶと、その相手がはっきりわかります。 その名前を持った存在は、人も、物も、場所も、知っている人には、 その名前と一緒に、思い出されます。 名前をつけるということを最初にした人間は、アダムです。 この人は神様が天地万物の中でたった一人、最初から神様と会話しながら、 神様の創りなさるもの一つ一つに名前をつける仕事をしました。...
礼拝説教 · 2019/03/31
聖書 イザヤ書 25:4-9、マタイによる福音書 26:57-75 2019年 3月 31日 礼拝、小岩教会 説教者 稲葉基嗣 鶏の鳴き声が聞こえると、きっと誰もが朝の訪れを感じ、 夜が明けたことを知ることでしょう。 新約聖書の時代は、私たちが生きる現代とは違って、 夜は深い闇で包まれています。 あったとしても、僅かな光です。 月明かりや、最低限の灯火によって、...
礼拝説教 · 2019/03/26
「神はあなたを決して見捨てない」 聖書 申命記 7:6−8、マタイによる福音書 26:36−56 2019年 3月 24日 礼拝、小岩教会 説教者 稲葉基嗣 マタイは、ゲツセマネと呼ばれる園で、 イエスさまが「悲しみもだえ始めた」と記しています。 悲しみもだえるイエスさまは、 「わたしは死ぬばかりに悲しい。 ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい」と語り、...
礼拝説教 · 2019/03/17
「共に食卓を囲む人々」 聖書 出エジプト記 24:3-8、マタイによる福音書 26:17-35 2019年 3月 17日 礼拝、小岩教会 説教者 稲葉基嗣 親しい人たちと食卓を囲むのは、とても楽しいことです。 あっという間に、そのような楽しい時間は流れていきます。 会話が溢れてきます。 そして、心はとても満たされます。 でもその一方で、残念なことに、...
説教原稿 · 2019/03/12
「惜しまない愛」 聖書 申命記 15:7−11、マタイによる福音書 26:1−16 2019年 3月 10日 礼拝、小岩教会 説教者 稲葉基嗣 「もったいない!」 「何でこんな無駄遣いをするんだ!」 「どうしてこんなに時間やお金を無駄に使ってしまうのだろうか?」 誰もがきっと、これまでに、 そんな思いを何度も抱いてきたことでしょう。...
2018/12/02
「キリストに仕える生涯」 聖書 エゼキエル書 34:11-24、マタイによる福音書 25:31-46 2018年 12月 2日 礼拝、小岩教会 説教者 稲葉基嗣牧師 きょうのイエスさまのたとえ話に登場する王さまは、 飢え渇く人、家がなく旅をする人、病に苦しむ人、 裸である人、牢獄につながれている人を 助けた人々に向かって、このように言いました。...
2018/11/25
「王である神からの預かり物」 聖書 創世記 1:26-31、マタイによる福音書 25:14-30 2018年 11月 25日 礼拝、小岩教会 説教者 稲葉基嗣 これまでイエスさまは、弟子たちや群衆に、 「世の終わりの日はいつ来るかわからない」ということを たとえを用いて伝えましたが、 きょうの福音書の物語においては、 終わりの日を待ち望む信仰者たちの生き方に...
2018/11/18
「天の国を生きる」 聖書 アモス書 5:18-24、マタイによる福音書 25:1-13 2018年 11月 18日 礼拝、小岩教会 説教者 稲葉基嗣 イエスさまは、「天の国は近づいた」と語ることから、 宣教の働きを始めました。 そして、人々の病を癒し、悪霊を追い払い、 様々な奇跡を行うことによってイエスさまは、 神が救いの手を伸ばし、天の国が近づいているということを...

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